あんまり華麗じゃない掲示板Ver.3

かよい堂の別館です♪

中欧歴訪

明日(木曜)の夜から4泊5日の強行軍でハンガリー・スロバキア・オーストリア・
チェコの順でぶらっと一人旅してきます。各国の首都に1泊ずつ。
この辺は東欧と呼ぶのかと思っていたら地球の歩き方の定義によると中欧らしい。
じゃあ東欧はどこ? 旧ユーゴとかブルガリア辺りなのかな?
と思っていたらやはりその辺も中欧に含まれるようで、東欧はウラル山脈以西の
いわゆるヨーロッパロシアやバルト3国・ウクライナ辺りを指すらしい。

ニューキャッスルからパリ経由の空路でブダペスト入りして、スロバキアの首都・
ブラチスラバまでは鉄道、ブラチスラバからウィーンはドナウ川下りの船旅、
ウィーンからプラハまでは鉄道、プラハから再びパリ経由の空路で帰英の予定。

と云っても3月に行ったオランダとベルギーの旅行記と、4月に行ったロンドン東郊の
グリニッジ天文台の訪問記がまだなので、中欧紀行はそれらを片付けた後ですな。
一体何ヵ月後になる事やら・・・

博多弁CM

九州地区限定のソフバンCMらしいです。
福岡出身2人+熊本出身2人でバランス取れてますね〜
って外側の2人は単なる置物状態だけど。
女将は松田聖子より田中麗奈版をキボン(爆

バルセロナ後篇

「これも今は昔、ゑすぱにや国に法師ありけり。小さき女の一人みなし児にてありけるを
かなしがりて、やしなひ児にしてともに暮らしけり。この法師、居たる家のうしろに堂を建て、
観音を据え奉りて常は怠らず念じすぐしけり。さるほどに病づきて床に伏し、女を枕に
呼び寄せて云ふやう、『我が身のいかにもなりなむのち、汝は身を捨つべきにもあらず。
ひとへに観音を深う頼うでかつうは我が身の菩提をも弔へかし』とてついにうせにけり。
女は泣き悲しめども云ふ甲斐もなし。

さてしもあるべきことならねば、泣く泣く観音を拝みて念ずるやう、『今は誰とて頼むべき
人もなし。我が身の心細ければただ憐れみて冥助を給はり候はん』といりもみ申して、
御前にうつぶし伏したりけり。その夜のうちまどろみたる夢にこの観音の仰せらるるやう、
『汝をやしなひおきし法師の心ざし深ければ今は極楽に生まれ変はりてなむありける。
ただ父にあはむと念じて西のかたへさぶらへ。山に雲たなびきたる所に男あるべし。
それが云はむに従ひて、あるべきなり』とて夢さめぬ。

『この観音の助け給ふべきなめり。とく夜の明けよかし』と思ひて見ゐたれば、ほのぼのと
明がたになりぬ。西のかたを見やりたれば、山かすかに見ゆるに、紫の雲たなびきたり。
その山に行き向かふに果たして男ありけり。男、『なに事ぞ』と問ふに、しかじかなむとぞ
いらへたる。『さらば舞をわざにして世をすぐし給へ』とて女に舞をさづけけり。夢に見し事も
ありしかば、観音のみちびかせ給ふなめりと思ひて、云ふに従ひてあり。いみじく習ひて、
今はなにがな取らせむと思へども、取らすべき物なし。ただ紅なる笠ばかりありけるを、
『かく舞をさづけつる事の、この世ならずうれしきも、なににつけてか知らせむと思へば、
これを』とて男に取らせけり。かくて女はたのもしく思ひてもとの家にまかり帰りぬ。

『かかりける事も観音の御利生やらむ』とて、手あらひてうしろの堂にまゐりて、観音を拝み
奉らむとて見奉るに、観音のかしらにあかき物かかりたり。『あやし』と思ひて寄りて見れば、
かの男に取らせし笠なりけり。『こはいかに。男と思ひつるは、さは、この観音のせさせ給ふ
なりけり』と思ふに、涙の雨しづくとふりて、しのぶとすれど、ふしまろび泣くこと限りなし。
それよりのち、女はゑすぱにや国に双びなき舞のものとてわびしからですぐしけり。かの女、
おもてよりはじめて手足をいみじく振る舞をよくするゆゑに、人々『振面の児』とぞ名付けける。
今は訛りてふらめんこと云ふとなむ語り伝へたるとや」

と今昔物語にも記されている通り(嘘)、フラメンコはスペインを代表する舞台芸術である。
バルセロナ滞在中に是非本物を鑑賞したいと思ったが、調べてみると実はフラメンコは
南部アンダルシア地方が本拠であり、バルセロナを含む北部では大衆に浸透しているとは
到底云い難いらしい。
それでもバルセロナには観光客向けのタブラオ(フラメンコ劇場)が複数あり、ネットで評判が
良かったコルドベス(Cordobes)に行ってみる事にした。
もう1つの老舗であるロス・タラントス(Los Tarantos)の方は無名の若手芸人の修業の場に
変質してしまい、情報サイトには「歌舞伎座に来たと思ったらルミネ・ザ・よしもとだった」と
喩えてあり思わず爆笑した。

コルドベスのフラメンコは夕食付きコースと鑑賞のみコースがあるが、食事は事前に別室で
食べるだけらしいので、普通に鑑賞のみコース(35ユーロ)にした。
20:15・22:00・23:00の1日3回公演で、僕は20:15の回を公式サイトでオンライン予約した。
場所はバルセロナの目抜き通りであるランブラス通り沿いに在り、入場待ちの行列が長いと
聞いていたので余裕を持って19時半頃に行ったら既に多くの人が並んでいた。

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その列には事前予約組と当日券組が混在していて、まず予約組が先に店内に通された。
予約組を全員入れても尚席が余っていれば当日組を受け入れるというような雰囲気だった。
もし行くなら席の確保の為に事前予約しておく事をオススメします。

比較的早めに並んだお蔭か、サイドの最前列の席に案内された。
地球の歩き方に紹介されている事もあって客の日本人率が異様に高く、僕の隣に座った
女の子3人組も日本人の女子大生で、卒業旅行で来た由。
ワンドリンクとしてスペインとポルトガル独特のお酒であるサングリアがサービスされた。

さてステージは圧巻の一言で、歌い手・舞い手・ギター・手拍子が渾然一体となって熱い
ショーが繰り広げられた。
ポール牧のように指をパチパチ鳴らしながら激しく床をタップする。
まさに「おもてよりはじめて手足をいみじく振る舞」爆
初めてのフラメンコ鑑賞、かつ最前列だったのでその圧倒的な迫力に度肝を抜かれた。
バルセロナに行く機会があれば家を抵当に入れてでも絶対コルドベスに足を運ぶべき。

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幾つか異なるパターンのダンスが踊られ、女性の舞い手はハデ婚の新婦並みにその都度
バックステージに引っ込んでは衣装を変えて出てくる。
男性と女性の舞い手がそれぞれ何人かいた中で、このOlga Lloventeちゃんのダンスが
最も情熱的で良かった。

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それにしても僕も能の仕舞を舞うので分かるが、これだけ裾の長い衣装を着て、腰を振る
度に裾が左右に大きく動き、かつ激しいタップをしても中から全く裾を踏まないというのは
かなり熟練した技量が要求されると思う。
何故かそういう所に視線が行ってしまった笑

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公演は途中の休憩も含めて1時間強で、観客は全員大満足、終演時は万雷の拍手が
暫し鳴り止まなかった。
ダンサー達もこれだけ観客が興奮して沸いてくれたら冥利に尽きるだろうなと思う。
1日3回公演なので、こんなに激しいダンスの後にまだ2回もステージが待っている。
それを毎日毎日続けるので体力的にも消耗が著しいだろうし、飽きが来たりするのかも
しれないが、こんな風に直接お客さんの反応を肌で感じられればそれが何よりの精神的
支えになるのだろうと想像する。
芸術家やプロスポーツ選手、また医療関係者や美容師やコック等もそうかもしれないが、
他人の幸福に直接貢献できる職業ってやっぱりいいなぁと改めて思った。
研究者は・・・うーん、どうだろう笑

さてコルドベスを出てユースホステルの自室まで歩いて帰ったら、8人部屋は男女混合で、
僕を含めて3人が日本人、3人が他地方のスペイン人、2人が米国人だった。
日本人の内1人は社会人の女性で、休暇を取ってバルセロナとマドリードの2都市のみの
観光に来たとの事。
もう1人は男子学生で、聞いたら何ともう2週間もバルセロナに滞在していると云う。
2週間も居る程そんなに見る所があるのかなと思ったが、ガウディの建築を1つ1つ丹念に
見て回ったりしているらしい。
僕なら2週間あればあちこち別の街に行ってみたいが、世の中には色んな人がいるものだ。

翌3日目は半日だけの滞在で、まずランブラス通りをぶらぶら南に歩いて行った。
カフェや行商人等の露店が数多く立ち並んでいる。

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南端のポルト・ベイ(Port Vell)というヨットハーバーで、僕にとっては初の地中海眺望。
夏ならバルセロネータ(Barceloneta)という海岸で海水浴や日光浴を楽しむのも悪くないが、
今回は如何せん時期外れだった。

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ポルト・ベイの近くにMonument a Colomというコロンブス記念柱が建っている。
このコロンブス像はアメリカとは全然違う方向を指差しているというのが実にスペインっぽい
逸話で微笑ましい。

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記念柱の内部に超狭いエレベータがあって展望台まで上がる事ができる。
料金が何ユーロだったか忘れた。
展望台からはバルセロナの風景を360度見渡す事ができ、サグラダ・ファミリアをはじめ、
西の方にはオリンピック会場となったモンジュイック(Montjuic)の丘も見えた。
1992年なので僕が高1の時で、マラソンの有森裕子選手や競泳の岩崎恭子選手の
活躍が記憶に残っている。

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軽く寝坊してユースの朝食を逃してしまったので、空港に向かう前にブランチとして是非
本場のパエリアを食べて帰りたいと思った。
ランブラス通りのレストランを物色して歩く内に、シーフード+チキンのミックスパエリアと
タパスという小鉢3種とサングリアがセットで12ユーロというお値打ちメニューを発見し、
早速飛び込んで注文した。
これで今回の旅行でしたいと思った事はほとんど実現できたのでご満悦♪

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おまけ:ランブラス通りにはこういう仮装者や大道芸人が多数いて始終賑やかだった。

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それからカタルーニャ広場まで歩いて空港行きのバスに乗り込み、帰途に就いた。
空港への道中、窓外にガウディの設計したカサ・バトリョ(Casa Batllo)が見えた。
1870年に建てられ、2005年にはユネスコの世界遺産に指定されている。
今回は時間の関係でガウディの建築巡りがほとんどできなかったのが心残りだが、
この海底洞窟を模したといわれる名作カサ・バトリョの外観を拝めたので良しとしよう。


次回は・・・アムステルダム前篇かも!?

バルセロナ中篇

さて旅行記の続きを。
クアトラ・ガッツで頼んだ赤ワインが結構パンチが効いていて、昼間から適度に酔って
気分が良くなった所で、近くにあるカタルーニャ広場前の空港バス発着所まで歩いて
空港行きのバスの運行頻度を確かめておく事にした。
停留所の時刻表を見ると日中は5分おきに出発するようなのでひと安心。
広場の角にあるカタルーニャ駅から地下鉄3号線に乗り、ディアゴナル駅で5号線に
乗り換えてサグラダ・ファミリア駅で降りると、すぐに大聖堂の威容が目に飛び込んだ。
この写真は西側の公園から撮ったもので、巨大なのでだいぶ後に引かないと全景を
ファインダーに収める事ができない。

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冬期だけに行列は5分程で大した事は無く、一般入場料11ユーロを払って早速内部へ。
もう堂内はほぼ完成していて日曜の礼拝等が普通に行なわれていると思っていたが、
全っっっっっっっっっっっっ然違った。
百聞は一見に如かずとはよく云ったもので、現状は単なる工事現場だった。
床はコンクリート打ちっ放しでそこかしこに建設機材が放置されており、足場だらけ。
確かにまだ完成まで当分掛かりそうな雰囲気だった。
(Wikiによると西暦2256年頃に完工予定らしい)
それでも既に完成している部分にはガウディの意図した「森林の如き教会」という意匠が
具現化されており、柱は木の節のような部分から上は本物の樹木のように枝分かれして
屋根を支え、天井は葉が覆い重なっているような起伏に富んだ設計になっている。

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順路の奥に設計に当ってガウディの採用した自然界のモチイフの数々が模型とパネルで
解説されていた。
木の幹、葉、樹皮、花、松ぼっくり(?)、ミツバチの巣、幾何図形などなど。
実はここに来るまではガウディがこのように「自然界そのものの再現」としてこの大聖堂を
設計したとは露知らず、装飾のデザインの美しさに一々目から鱗が落ちる思いがした。
そういう意図を知った上で眺めると確かに東側の塔も木々の垂れ下がった葉で一面覆い
尽くされているような意匠になっている。
こちら側の方が先に建てられたので、歳月を経て西側の塔よりも色が黒ずんで見える。

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地下に大聖堂の建築意図や建設過程を解説したミュージアムが設けられている。
完成予想模型も置いてあって、それによると現在西側4本東側4本で計8本完成している
塔に加えて、南側に更に4本建てて計12本にして12使徒を表す予定らしい。
更に中央部分に一段と高い塔を6本建てる計画らしく、今建っている塔でも充分高いのに
それらを大きく凌ぐ塔を建て加えるとは何という壮大な計画だろうか。

今まで英国のウェストミンスターやヨークミンスター、ダラムとソールズベリーの大聖堂、
スイスやイタリアの教会などあちこち見て回ったが、基本的には上から見ると十字架で
内部はゴシックアーチを多用して・・・という設計姿勢に大きく変わりは無い。
ところがサグラダ・ファミリアはコンセプトが根底から異なり、「大自然に包まれた教会」の
石材による具象化を目指している。
教会の様式を大きく2つのジャンルに分けるとすると、一方にサグラダ・ファミリア、一方に
それ以外の全ての教会が入るのではないかと思う程、世界唯一の稀有な建築だと思う。

ミュージアムにガウディのデスマスクを元にして作った本人の像が展示されていた。
この大聖堂の一切は1人の天才の情熱と才能から始まったかと思うと、人の為せる業の
無限の可能性を感じざるを得ない。

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感動覚めやらぬまま大聖堂から徒歩で南下してモヌメンタル闘牛場に至った。
一度は生で闘牛を観てみたかったが、3月はオフシーズンな上にバルセロナでの開催は
昨年を以って廃止されたらしい(地球の歩き方による未確認情報)。

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モヌメンタル駅から地下鉄2号線に乗り、パセジ・ダ・グラシア駅で4号線に乗り換えて
ジャウマ・プリメ駅で降りてピカソ美術館に向かった。
入口にはサグラダ・ファミリアより遥かに長い列が伸びており、卒業旅行の季節なので
あちこちから学生らしき日本語の声が聞こえる。
受付で「どこから来ましたか」と聞かれたので「日本です」と答えたら「それなら今日は
無料です」と云われ、国籍によって扱いが違うのかと訝しがりつつも、素直に無料の
サプライズを喜んだ。
後で宿に帰って他の人に聞いたら毎月1日は無料らしい。外国人だけなのかは不明。
映画の日のようなものか。

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内部の展示は非常に充実していて、じっくり見て回るには優に数時間掛かる。
おなじみのキュービズムを駆使した作品もあれば、それ以前の普通の写実風の絵も
多数展示されている。
後者の中の「Ciencia i caritat」に特に興味を惹かれた。
部屋の中央にベッドがあり、病に冒されて瀕死の女性が横たわっている。
向かって左に医師か執事のような男性が座っており、女性の手首の脈を計っている。
女性の手は土気色に生気を失って力無く垂れ下がり、男性の手の色との差が際立つ。
向かって右には修道尼が立っていて、女性の子と思われる幼児を左脇に抱え、右手に
最後の聖水らしきコップを捧げて女性に口を付けるよう促している。
生と死の好対照が「壮健な3人×瀕死の1人」「男性の手×女性の手」「これから人生を
歩む幼児×人生を終えんとする母」「生を司る医師×死を司る修道尼」など幾重にも層を
成すように描かれていて印象深い。

鑑賞を終えて夕食に向かった。
バルセロナ滞在中に是非本場のイカ墨ご飯(Arroz Negro)を食べたいと思ったが、
事前に調べると必ずしもどのレストランにもある訳では無いと分かり、ネットで評判の
良かったエルチェ(Elche)に行ってみる事にした。
地下鉄パラ・レル駅とアポロ劇場のすぐ近く。
特に予約はしなかったが、17時半頃と比較的早い時間だったので客は僕だけだった。
パッと見もお洒落でちょっと高級そうなお店で、値段もそれなりに高い。。。
本当は第1皿(Primer Plato)と第2皿(Segundo Plato)を注文するのがマナーらしいが、
他にお客もいなかったので思い切ってアロスネグロと白ワインだけ頼む事にした。
ちょっとピリ辛に味付けてあるバターと一緒に供され、それをご飯にたっぷり載せて
一緒に食べると美味しいし、彩りも良い。
あー、これを書いているとあの濃厚なイカ墨の味を思い出してまた食べたくなる笑

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デザートはカタルーニャ地方の名物プリン、クレマ・カタラーナ(Crema Catalana)。
クレームブリュレ風の洋菓子で、プリンの上に焼いたカラメルが載せてあり、カラメルの
硬さと甘さがプリンの柔らかさと程好く調和して美味しい。

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次回はバルセロナ後篇、フラメンコショーです☆

民主党代表交代

民主党の小沢代表が辞任して鳩山新代表が選出された。
今回の西松建設事件は検察とマスコミが一体となって政治に介入した重大事例として
後世まで記憶される事になるだろう。
そもそも「違法献金」と表題されるが小沢陣営は現行法上は何の違法も犯していない。
元検事の郷原氏が力説するように、現在の政治資金規正法は献金のそもそもの出所を
明らかにする事までは求めておらず、小沢陣営としてはお金がどこから来たものであれ、
最終的には「某政治団体」から献金されたのでそのように報告書に記しただけだ。
形式の上では完全に合法で、これを裁判で有罪に持って行くのは相当ハードルが高い。

企業から政党支部への献金は禁じられていないので、もし某政治団体が西松のダミーと
断じられるなら西松から政党支部への献金だったと報告書を修正すれば良いだけの話だ。
これまでも似たような事例で無数の政治家が報告書の修正のみで済ませてきているのに、
今回だけ事情聴取も無しにいきなり秘書が逮捕されて起訴までされるのは前代未聞だ。
何らかの意図が働いていると指弾されても仕方が無い。

与党議員やマスコミや果ては民主党内の一部議員達までが「説明責任」を連呼するのも
うんざりな話で、何で小沢氏が説明しないといけないのかなと思う。
小沢陣営としては現行法の体裁に則って政治資金を処理していたのだから、例えるなら
普通に道を歩いていたら急に男が殴り掛かってきたようなもので、この場合説明しないと
いけないのは殴り掛かってきた男(=検察)の方だろう。
しかし検察は「全ては裁判で明らかにする」と云って現時点での説明を拒んでいるのに、
何で普通に道を歩いていた方が殴られた理由を説明しないといけないのだろう。

個人的には「説明責任を果たしていない」というのはあまり好きではない言葉だ。
中国や韓国が「日本は謝罪していない、反省していない」と詰め寄ってくるのと似ている。
謝罪や反省の多寡を判じるのは多分に主観に属する事なので、幾ら日本が天皇陛下の
お言葉や村山談話等で謝罪や反省を表しても、「まだ足りない」「まだ足りない」と永遠に
云い続けられる。
「説明責任」もそれと同じで、どれだけ説明しても「不十分」「説明不足」と一蹴されれば
キリが無い。
そして「説明責任を果たしていない」と呪詛のように繰り返していれば世間は何となく
小沢氏が説明から逃げているように感じるのでネガティブキャンペーンは達成される。

参考:田中良紹氏「元気はつらつ辞任会見」(The JOURNAL)

そもそも何を説明しないといけないのかもよく分からない。
裏金ではなく表の金だから、支出の方も政治資金報告書に記載されている筈だ。
「ゼネコンから金を貰うのは利益誘導の見返りを求めるからだ」と云うなら検察は贈収賄で
立件すべき話で、今回血眼になって探してもついに贈収賄の証拠は発見できなかった。
大体同様の手法で西松から献金を受けた自民党議員は森元首相はじめ何人もいるし、
政党支部を通して他の大手ゼネコンから献金を受けている議員だって大勢いるのに、
何故小沢氏だけが執拗に説明を求められないといけないのか。

もっと云うと経団連が自民党に毎年何十億円もの献金を斡旋しており、自動車業界や
電機業界の各社が何千万円も拠出している。
そして今回の補正予算の目玉とされるエコカーやエコ製品への買い替え支援策はそれら
献金業界への露骨な利益誘導と云われる。
野党代表より政権与党の方がよほど予算を動かす権限が大きい筈なのに、与党に対して
献金に関する説明責任を求めないのは一体何なのか。

ともあれ小沢氏は自ら首相になる気はあまり無かっただろうから、仮に代表に留まったまま
衆院選で勝ったとしても健康問題を理由に無所属の渡辺氏や江田氏辺りを首相に担いで
自身は副総理か何かの無難な役に収まっていた事だろう。
それよりは鳩山新代表に代わって「首相は麻生か鳩山か」の選択を迫る方が歯切れの良い
選挙戦になると思う。
支持率微増を喜んでいた麻生氏にとっては短過ぎる春だった。
思えば昨年9月の新政権発足直後は支持率が40%近くあったのだから予定通りその時点で
解散していれば良かったし、3〜4月の民主党大揺れの間も解散の絶好機だった。
決断のチャンスを何度も逃し続けて、もう後は任期満了しか残されていない。
内閣支持率がどれだけ下がった状態で衆院選に突入せざるを得なくなるか大変楽しみだ。

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